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ワールドカップ PK戦を考える

 こんばんわ

 

 本日31日間にわたるワールドカップがイタリアの優勝で幕を下ろしました。
 決勝戦は、朝方にも関わらず、幼い子供がいる友人宅でバカ騒ぎをしながらの観戦となったことはさておき、試合の行われる時間が時間のため、終わってホっとしちゃっている自分がいるというのが正直なところでしょうか。
 

 予選リーグはアフリカ勢を筆頭とした、攻撃的な試合をするチームが多かったものの、やはり決勝トーナメントに入ると、予選リーグとはうってかわり、クラブチームであったら許されないくらいの、守備重視の試合ばかりとなりました。

 どのチームも点を奪われない限り、リスクは取らずに絶対に失点は避け、その中でセットプレーででも点が奪えようものならラッキーくらいのスタイルだ。
 このレベルになると、仮に先制点を奪おうものなら、リードを保ったまま試合を凍結してしまう術をどのチームも心得ている。
 当然と言えばそれまでだが。
 決勝トーナメント全16試合中、1点差の試合が10試合、延長戦までもつれ込んだ試合が6試合という結果からしても、その戦い方がセオリー化しているのがみてとれる。
 2点差以上がついた試合も、先制点を奪われたチームが、後半リスクをとって点を奪いにいったところを突かれ、追加点を奪われたという試合がほとんどのように思えた。
 延長戦でも決着がつかずにPK戦となった試合が4試合あったが、ここまで重要な試合となると、入って当たり前という風潮のPK戦で勝敗をつけるというルールは、PKを外した選手には、まぁなんとも酷である。

 私はPKを蹴る時のメンタリティーとして、
 ”入って当たり前” と考えプレッシャーにするのではなく、 ”当たり前に蹴れば入る” と考えろ。
 と教えられたことがある。
 が、今大会をはじめとしたワールドカップでのPKは、 ”入って当たり前” と考えるには程遠いほど、成功する確率は高くない。
 
 本日いよいよ行われたイタリア対フランスの決勝戦も、両チームとも前半早い時間に、セットプレーから1点を奪ったものの、ともに堅固なセンターバックを中心に、セオリー化した守備固めを徹底し、そのまま ”酷な選手” を生み出すPK戦に突入してしまった。

 私はかつて教えられたことを崇拝しているからではないが、PKは疲労がなく、いつも通りの当たり前のキックができる、フレッシュな選手が蹴るのが良策と考える。
 しかしイタリアは、もっとも重要とされる1stキッカーにピルロをもってきた。
 過去、本大会において、イタリアは’90年の対アルゼンチン戦、’94年の対ブラジル戦、’98年の対フランス戦でPK戦を経験しているが、いずれも敗北を喫している。

 私はピルロがペナルティースポットに向かっている時、そのなかの’94年のアメリカワールドカップ決勝を思い出していた。
 結果イタリアはブラジルに敗れたのだが、外したのは、猛暑で体力面に不安のあった、ロベルト・バッジョ。
 いつもなら当たり前のキックができずに、あさっての方向にボールを蹴り飛ばしたシーンは、サッカー好きなら誰もが脳裏に焼き付けている ”事件” だろう。
 そして最後のキッカーは、体力面で負担の大きいディフェンシブハーフで豊富な運動量でチームに貢献したディ・ビアッジョであったが、蹴ったボールはバーに弾かれ、イタリアの希望は金属の音と共に消えていった。
 とちらの選手もキックの精度はピカイチだが、体力的に消耗し、フレッシュならば当たり前のキックができなくなっているコンディションにあった。

 当然ピルロもイタリアきってのキックの精度を誇ることは疑いの余地のない事実だが、彼のポジションは体力面で負担の大きいディフェンシブハーフ。
 短いインターバルでの試合が続いたうえの120分戦った後で、当たり前のキックが出来るかという一抹の不安がよぎった。
 しかしながらフランスのGKバルデスが、ボールを蹴るよりも早く飛んでしまったため、正面に蹴るだけの簡単な作業となり、なんなく決めた。
 私の場合、どちらかを応援しているわけではないので、酷な思い味わう選手が、目先出なかったことに胸を撫で下ろした。
 対するフランスは、過去のイタリアのPK敗退の理由を諭すように、1stキッカーに、出場時間13分と最も短く最もフレッシュであろうヴィルトールをあて、当たり前に蹴りこちらもなんなく決めた。
 続くマテラッツィーは、きっちり憎まれっ子が世にはばかることを証明し、フランスの2ndは、20分という短い出場時間中も消えている時間が多く、ヴィルトールと同様フレッシュであろうトレゼゲ。
 しかし蹴ったボールは前半のジダンのPKとは対照的に、クロスバーにラインの手前に弾かれ、そのままイタリアの優勝が決定した。

 補足の必要はないと思うが、
 ”当たり前に蹴れば入る”
 というのはあくまでメンタリティーの持ち方で、外す可能性が存在するから行うPK。
 PK戦ともなれば、当然誰かが外して決着が着くまで行うのだが、過去のW杯を含め、PK戦で敗れたチームの外してしまった選手は、試合中の失点とは異なり個に全てがかかるため、あまりにも酷でならない気がする。
 試合中走りぬいた結果、当たり前のキックができずに外してしまった選手はもちろんだが、今回のトレセゲのように、PK戦を見据えた交代のうえ、当たり前のキックができる状態での場合のそれは、酌量の余地が少なく、さらに ”酷” が増す気がする。

 が、PK戦を行わず、延長戦をさらに引き伸ばすというのものも、あまり現実的ではない。

 
 そこで私は考えた。
 PK戦は、延長戦の前に行ってはどうだろうか。
 そしてPK戦の結果をふまえてその後に延長戦を行い、延長戦で決着がつかなかった場合、PK戦の勝者を勝者にするというルール。 
 これならばPKを外してしまった選手も、その後の延長戦で挽回のチャンスがある。
 また延長戦では、両チームともが失点だけは避け守備重視、という決勝トーナメントではセオリー化している守り合いはなくなり、PK戦に敗れている一方はハイリスクな攻撃をしかけてくるに違いない。
 そのままドローとなり敗れたとしても、個の ”酷” は希釈されるだろう。



 勝負事は当然、勝者と同時に敗者を生み出すのだが、私は今回の決勝戦は前記の通り、イタリア、フランスどちらか一方を応援しているというわけではなかったので、試合終了後、歓喜に沸くイタリアを祝福する一方で、トレゼゲの影がちらついてしまった。

 
 挽回する機会が4年先というのはちと長い気が・・・。


  
  
 今回は笑いどころもなく申し訳ない。

 それでは。


 


 帰国後のサポーターへの挨拶でのトレゼゲ
 http://wc2006.yahoo.co.jp/photo/zoom/20060711_2108.html




テーマ:2006年FIFAワールドカップサッカー - ジャンル:スポーツ

  1. 2006/07/10(月) 20:37:29|
  2. スポーツ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4
<<頭突きから人種問題を考える | ホーム | 5本指ストッキングで考える>>

コメント

次回はオーナーが代表に選ばれていることを願います。中田の穴を埋めてください。









モンブランではないですよ。
  1. 2006/07/10(月) 20:44:38 |
  2. URL |
  3. カトキチ #-
  4. [ 編集]

モンブランってなんでしょう?
  1. 2006/07/11(火) 14:14:41 |
  2. URL |
  3. 神崎大樹 #-
  4. [ 編集]

紋舞らん(モンブラン)
電撃引退を表明して、あなたが記事にした彼女です。たぶんそう読みます・・・。
  1. 2006/07/11(火) 14:37:31 |
  2. URL |
  3. カトキチ #-
  4. [ 編集]

なるほど。

忘れてた。
  1. 2006/07/11(火) 15:14:24 |
  2. URL |
  3. 神崎大樹 #-
  4. [ 編集]

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